瞑想で暮らしと心を整える

どこにでも神様を見つける小さなコツ。

このご時世、外出時にアルコールを持ち歩くようになりました。

公園などでちょっとおやつを食べるとき、手を洗えない時にシュシュっとする。お店に入る前なども「シュッシュするね〜」と言うので、我が家ではアルコールのことはシュッシュと呼んでいます。

いつものように、小分けのアルコールを鞄に入れて持っていこうとしたところ、それが見当たらない。

「シュッシュないねー」と探していたら、子も一緒に探してくれたのですが「あれー、しゅっしゅさん、ないねー、おーい、しゅっしゅさーん」と。

思わず「シュッシュさんって笑」と笑ってしまった。

ただのアルコールがシュッシュさんと呼ばれただけで、愛着が湧いてくる。

そうなんですよね、このアルコールだって、法則や秩序の表れたひとつの姿(イーシュワラ)。

思えば、京都の祖母はう○こにもさん付けしていました。

う○こさん 笑 

これを「天神さん(北野天満宮)」「八坂さん(八坂神社)」とおなじようなイントネーションで言う。

京都人はあらゆるものをさん付けで呼ぶ、みたいなことを何かで見た気がするけど確かに。笑。

う○こさんが身体からちゃんと出てくれることも、ひとつの秩序と法則。ありがたいこと。消化は火の神様の担当。

祖母はそういう気持ちだったかどうかわからないけれど(買い物途中のお地蔵さんを拝んだり、毎朝晩お経をあげていたりする人だったので、そういう気持ちもあったかも)、あらゆるものを「〜さん」と呼んでみるとちょっとそこに神が見える気がする。

シュッシュさん、このコロナ渦大忙しですね、いつも守ってくれてありがとう。

こちらもどうぞ