子の一日の暮らしを眺めていると思う。
完全に「今ここ」にいるなぁと。
ポットン落としで集中して玉を入れていたり、畳まれた洗濯物を一からぐちゃぐちゃにしてみたり。
一見大人からすると、なんでそんなことをと思うようなことに集中して遊んで(?)いる。最近は、昼寝から目覚めた後のサンキャッチャーの光にずっと夢中になっていたり。
「今ここ」は赤ちゃんだからできること?
その瞬間は、おそらく完全な「今ここ」だと思います。
そんな自分がやりたいこと、好きなことばかりって赤ちゃんだからこそ出来ることじゃないか、と思ったのですが、これって大人の私も実はできること。
そりゃ大人なので、日々のいろんな家事や仕事、雑務、やらなければならないことはたくさんあります。というか、ほぼそれです。(実はやらなければならないことなんてものもないのだけど)
でも、それらをするときに「今ここ」にいることはできる。
洗い物をしながら、洗濯物をほしながら、赤ちゃんのおむつを変えながら、五感を使ってその物事に集中する。
考え事や思考が入り込んできたら、また今やっていることに意識を戻して味わう。
洗濯物を干す、その手の触感だったり、ベランダなら外から聞こえる音だったり。
今その時を味わうこと。すると、だんだんその物事自体が楽しくもなってくる。
これってすごいことで、常にちゃんと今にいたらずっと楽しくてごきげんなんじゃないかと。
それが出来ない、って思うけど、気づいたらその瞬間に一瞬でもやる。ただただ、その繰り返しと積み重ね。
これは全くヨガのアーサナと同じことをやっています。マットの上ではひたすらいろんな形になって今ここを味わう練習です。ここが伸びてる、呼吸をしてる、今、をひたすらに感じること。
それをマットの上じゃなくてもやる練習。
昔よく先生が、
「マットの上の1時間の練習も大事だけど、それよりもマットの上にいない残りの23時間、どうあるのかが大事」と言っていた。カルマヨガです。
それを聞いた時、ひねくれ者の私は寝てる時間はどうなのよ?って思ってました。
寝る前に身体をきちんと布団に置く、思考もすとんと整理してから寝る(瞑想だったりで)ってこともまたひとつなんだと思います。どう眠るかによって、眠りの質も変わる。
睡眠はなんにも現れていないところへ戻る貴重な時間でもあります。
アーサナの練習としてマットの上にたつ時間がなかなか取れない今。
カルマヨガの練習をやる時がきたんだと。24時間ヨガはできる。
言い聞かせてます。もう、ヨガが趣味なんだったら、「今に戻る」も趣味にしてしまおうかと思います。
何回おんなじこと書くねん、って自分でも思います。すみません。