ヨガで体と心、暮らしをととのえる。

洗い物から学んだカルマヨガ。

ヨガはアーサナ(ポーズ)だけではない、といつもいつも言われるけれど、やっぱりそういうのはすぐに忘れてしまうわけで。(もちろんアーサナも大事)

自分自身にやってくるものごとを受け入れて行動で返し、結果への執着を手放していくのが、カルマヨガ。

つい最近洗い物をしている時。カルマヨガがすとんと腑に落ちた瞬間があった。

カルマヨガ

今やるべきことに集中すること

その日は「洗い物やりたくない」という意識がありながら洗い物を嫌々ながらやっていました。

「あー洗い物面倒やなーそしてこれ終わったらお風呂だけど、早く入れてくれへんかなー。じゃないと寝かしつけ遅くなるしなー今日は早く寝るかなー」とポツポツポツポツと頭のおしゃべりが続きます。

その時にふとその会話を遮るように「今やることは洗い物、やりたかったことは洗い物」というのが頭に浮かんで、その瞬間、頭のおしゃべりは止まり、私がやるべきことは「洗い物」だけになり、それに集中していました。

すると起こったことは。

水が流れる音、動く手、食器に触れる触感。

その時間は、楽しいアーサナヨガの時間と同じように豊かなリラックスした時間に変わりました。

あ、これがカルマヨガの行動を受け取って返していく、ということか、と妙にストンと理解できたのです。

言われていたことが実践として理解できた瞬間が洗い物。「お掃除はヨガ」と教えてくれた掃除のおばちゃんの言葉はまさに真理。

私が好きな言葉に「カーム(calm)=穏やかな・落ち着いた」という言葉があるのですが、カルマがカームに変わった瞬間。

好きなことだけをやるべき?

ついつい、好きなことだけをやっていたい、好きなことをやるべきだ、みたいな風潮に流されて、やりたくないことはやらない、あるいは我慢してやる、みたいな感じに思っていたけど、

そうではなくて。

今目の前にある出来事は自分でやることを選んでいて、一見やりたくないようなことでも、それはやるべきこと、やりたかったことなんだろうなと。好き・嫌いというジャッジを手放していく。

そういう視線で暮らすと、本当にいつもヨガの時間に変わるのだから、楽しくもなる。

のだけれど、すぐに「なんでやらなあかんねん」と忘れてしまうわけで…笑。

忘れて思い出して、忘れて思い出して…

その繰り返し。

そういうことを思い出せた時というのが、ものすごく満たされた気分になるもので、やっぱりヨガのある暮らしは面白い。

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