先日、自分が出させてもらった本(『ヨガとシンプルライフ』)にたくさん付箋をつけてくださっている方をインスタグラムでお見かけした。
少し照れますが、素直に嬉しかったです。ありがとうございます。
私も同じく、付箋魔。
ヨガの本を読む時なんかは、ポストイットをお供に。
とにかく、自分が「今」気になったところにペタっと貼る。線を引いてしまえばいいのですが、最初の一読目はポストイット。
ヨガの本はだいたい1回読んだだけじゃ理解できなくて、何年もかけてゆっくり何回も読むことが多い。ノートも同じように何回も見直します。
もうこの本はずっと手元に置いて読み続けるだろうな、と思った本には線入れしていく。
2回目、3回目と読んでいくと、「なんで過去の私はここに貼ったんだろう?」と謎に思ったり、「やっぱりここは大切」と改めて感じたり、ようやく本にかいてある意味が理解できたり。
最初の1回目に、全く理解できなくて、すぐに手放してしまったけど、また数年後に手元に戻ってきた本もあります。
何度も何度も「同じこと」を繰り返し読むこと、しつこくしつこく同じ話を聞くこと。そうやって、ようやく頭に入って身につくことがある。
ヨガを学ぶ時はいつも、まっさらな状態でいたい。「そんなのすでに知ってる」という思いがヨガの学びを一番妨げる。たとえ知っていることでも、その時の自分の状況や環境次第で入ってくることは全く違う。
だから、ずっとずっと学び続けること。
ヨガの八支則、ニヤマの中の一つ
【svadhyaya 】スヴァディアーヤ
経文を読むこと。
自分の知恵を高めるため学ぶこと、研究すること。
▶︎ 【ヨガの八支則】シンプル・ミニマムに暮らすためのヨガの教え
そんなことを考えていたら、本当はポストイットなんていらないのかも、と思い始めましたが…。
一度読んだ本もまたまっさらな状態で読むことで、新しい何かが見えるのかもしれない。
そうか、ポストイット本当はいらないんだな、なんて思いつつも、まだまだペタっとしたい自分がいます。
そして、このポストイットは小さくて貼りやすくてとても便利。勉強のお供。
まっさらな状態でいたいけど、月日が経って忘れたころにまた同じ本を開いたとき。その時がちょっと楽しみにもなるポストイット。
どうでもいいけど、響きもよくて好き。ポストイット。
【追記】
その後、先生から直接学ぶという機会を継続して得ることができまして、一旦「本から学ぶ」ということを手放しています。