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2015-10-26

母の供養のためにと思っていたけれど。

供養、とインターネットで調べたら一番最初に出てきました。

“くよう
【供養】
《名・ス他》死者の霊に供え物をして、死者の冥福(めいふく)を祈ること。”

▶︎ 【本】スウィート・ヒアアフターを読んで生と死について考えてみた。

今年の桜の季節、母が亡くなりました。 半年が経とうとしています。まだ実家には、持ち主を待っているように、母の物がたくさん残っています。

▶︎ 遺品整理について

ここは父の気持ちが十分に落ち着くまで、そのままだと思いますが、先日父が何十年かぶりに「登山」を再開しました。

※新しいものはとりあえず匂いを嗅いでチェックする実家猫。

 新しい登山グッズを好日山荘で新調して、40年前に母と仲間と一緒に登った山に、同じ仲間たちと登るそうです。

 「母の供養のために」そう父は言いました。そして、昔母と一緒に登った山に仲間と登り、帰ってきた父は、「疲れた〜!」と言いながらとても充実していて楽しそうで、嬉しそうでした。

 そんな父を見て私も嬉しくなりましたし、母もきっと喜んでいるのではないかと思います。

 そして、私。実はこのブログを始めた本来のきっかけは母の一言でした。そして母が亡くなり、このブログを書いていることに助けられ、「1年間は母の供養のためにも毎日書くことを日課にしよう」と決めました。最初に毎日更新を目標にしたのですが、気持ち改めて思い直しました。

 ▶︎ ブログを始めた理由と引っ越しの理由。

 母が、なにかしら毎日文章を書く人だったからです。私は、文章を書くことは好きにしろ、毎日何かを続ける、ということは苦手で日記も毎日は無理、気まぐれに書きたいときだけ、になってしまいます。

 そうこう、母が亡くなって半年間、毎日更新することを続けられています。

 山登りにしろ、文章を書くことにしろ、何か供えものをしているわけではないので、供養と呼べるかどうかわかりませんが、「母の供養のために」そう思っていました。でも、供養って、亡くなった人のためだけではなく、それ以上にこちらに残った私たち自身のためであるな、と。

 今私は、文章を書く、ブログを続けることは、母の為以上に自分自身の日常になりました。書いていて楽しいし、それを読んでくれて、メッセージまでくれる人がいる、ブログつながりで新しい出会いもたくさんありました。本当にありがたいです。母もこうして私がブログを更新していることを喜んで、陰ながら読んでくれているかもしれません。

 母が好きだった「毎日文章を書くこと」それを、こういう形で私が続けていられること、本当にありがたく思います。

いつも読んでくださる方、この記事が初めましてだった方、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

 最初に決めたことなので、1周忌までは毎日更新し続けたいと思います。それ以降も毎日が日常になっているかもしれませんが、これからもどうぞよろしくお願いします。

▶︎ 【現代仏具とインテリア】リビングに祈り・手をあわせる空間をつくる。