▼ヨガと暮らしのエッセイ

本当にリラックスした時、人は自由になるし他人にも自由になれる。

年始に今年のテーマのような感じでこのような記事を書きました。

▼ 消費する方から貢献する方を選びたい

消費と貢献って経済社会だけの話ではなくて、例えば「私はこんなに頑張っているのに報われない」「私ってかわいそう」「私は不幸だ」こんな思いを持つことも、消費の一つだと思います。

それは自分のエネルギーを消費しています。どんどん衰退してしまうし、そういう場合、人からエネルギーを奪うことでもやりくりしているんですね。

随分と長い間、私はそれに気づかずにそうやってやりくりしてきました。

奪うのは自分を「足りない存在」と思うから。

今でも時々、なんとなく心身の不調が続くときによくよく思考を見ると、そういう考えが根本にあることに気づきます。

幼いときは、そうやって大人から優しくしてもらっていたけど、大人になった今もどうやら、体の不調と「私は大変(不幸だ)」という考えをセットにして、人からエネルギーを奪うために利用していたところもあったように思います。

「かわいそうな私」「誰かにかまってもらいたい」

それはもう、奪い奪われ、永遠に続くエネルギー消費社会です。

それを終わらせるには。

自分が自分を認めること。自分にOKを出すこと。

だから、自分ができることって「イライラすること」ではなくて「リラックスする」視点に変えること。

リラックスって、自分にOKが出せていて自由であるとき。

最近私のその方法は、ちょっとこのことを思い出してみること。

今自分の周りにあるすべてのものが、自分のために働いてくれている、動いていくれている。そのことを思い出すこと。

全然、かわいそうなんかじゃないし、十分満たされているし、それに気づけば自由になります。これが親鸞さんが言うところの「他力本願」、ヨガで言うところの「イーシュワラ」なのかしら?と最近思うことも。

なんでもないようなことですが、それを思い出せるようになると、肩の力が抜けてリラックスするし、ちょっとした毎日でもおもしろい。

自分が自由で満たされている時は、人からも奪わないし、奪われない人になる。奪ってる、奪われてる、と気付いた時は、だいたい「足りてない」思考の時。

一緒にいて心地いい人は。

そしてもうひとつは、周りのせいにしないこと。

自分にOKをだすには周りにもOKをだすこと。周りも自由にしてあげること。

一緒にいて心地いいなと思うのは、自分で自由である人、周りにも自由である人。そういう人は、人からもエネルギーを奪わないし、奪われない人。

「心地よく感じる」というのは知らぬ間にエネルギーも与えている余裕もある人。

そういう人でいたいものです。

こちらもどうぞ:)