▼ヨガと暮らしのエッセイ

自分に向けた言葉で囚われてしまった体の話。

自分は○○だから○○してはいけない。

自分は○○だから○○でなければならない。

こんな風に自分を捉えてしまって、そこから抜け出せなくなってしまうことって多々ある。

以前書いたこちらの記事とも少しかぶるのだけど。

▶︎ 言葉の抵抗をはなれたとき、楽しめること。

ある日のヨガのアーサナの練習中。

ヨガ ネコ

先生が何気なく言った「もう少しここ反ってみてもいいんちゃう」という一言。

私にはある意味衝撃的で。

なぜなら、もともと私は「反り腰」を気にしていて、それを改善するために「反らない」を気をつけていたから。

(反るポーズはもちろん反るのですが、体の使い方で腰だけを使わない、という意味で)

ところが、それを気をつけるあまり、また言葉に囚われてしまっていたんですね。囚われてしまった結果、反ってもいい部分まで、「反らない」方向を向いてしまっていた。

「私は反り腰だから、反ってはいけない」

という思い込み。

ですが、今私は、以前ほど反り腰ではなくなって、体の色んな部分が変わった。特に今年は自分の中でもそれを本当によく感じている。

変化していくごとに、アーサナをする時の体の使い方も変わる。同じポーズをしていても1年前のやり方では通用しないこともある。同じアーサナが人それぞれで全く違うのも同じこと。

体は日々変わっていく。

そして私の場合、「私は反り腰だから、反ってはいけない」ではなくって、「バンダ」がより大切だったんですね。より大切なことが抜けていて、ただ「反ってはいけない」になっていた。

「私は○○だから」という思い込みは、そう言ってしまった瞬間にできるけど、実はその次の瞬間にはもう消えてしまっていることなのかもしれない。

そうそう、ヨガをしているとよく聞くのが「私は体が硬いから、ヨガはできない」って言葉。そんなことないですよ。むしろ硬いからヨガが楽しめる=ラッキーなことです。

上の写真の我が家のニャンコ。なんの思い込みもなく、とっても柔軟。

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