ヨガで体と心、暮らしをととのえる。

四つ葉のクローバーを見つけた時に思い出したヨガの学び。

日中子供とずっと二人で部屋にいて、子供がなんで泣いてるかわからなかったり、泣き止まなかったり、ご飯茶碗なげとばされたり。

そして、自分がしたいことは何にもできなくて、家事もままならず。

そんな日が少し続いて、気持ち的に結構沈んでいました。

逃げ出したいような気持ちにもなって、とりあえず外に出ようと散歩に出かけて。

ぐるぐるぐると行くあてもなく歩いていて辿り着いた公園。

ふと、下を見るとシロツメクサ。クローバーが茂っている

四つ葉あるかなー?まさかなーと思いつつ少し眺めてみると…

よつばのクローバー

あった。

四つ葉のクローバーなんていつぶりに見つけただろう?

京都ではヤサカタクシーの四つ葉のクローバー号というのがあって、それはたまにみたことがあるんだけど、本物はそれこそ小学生とかそれくらいぶりかも。

記念に持って帰ろうかと思ったけど、また誰かが見つけるかもしれないと思って写真だけ撮ってきた。

そして思った。

いまここで、自分自身が満たされていると知らない限り、どこへ行っても、何を得ても、不満足な存在でしかないんだと。

〇〇すれば今より楽かも。
〇〇があれば幸せになれる。

なんてのは幻想。

でも、散歩しながら私が考えてたのは、そんなことでした。

ちょっと育児から逃げ出したくて、そういうことを考えていた。

多分そんな気持ちでは、またどこかで同じ気持ちになるのに。

ヨガの聖典を学ぶクラスで唱えるサンスクリット語のマントラ、その意味。

あれも満ち足りていて、これも満ち足りている。
満ちているものから、満ち足りているものが生まれる。
満ち足りているものから、満ち足りているものを取り除いても、残るものは満ち足りたものだけ。
私に、周りに、世界に、平和がありますように。

このような意味のことで、もう何百回、何千回?も唱えてきたはずなのに、クローバーを見た瞬間にそのマントラがすーっと頭に浮かんだ。

四つ葉のクローバーが特別なんじゃなくて、三つ葉のクローバーも全て現れた完璧な存在。

今私のやることは、目の前の子供と楽しく遊ぶこと。楽しくお世話すること。家事は無理せず楽しんでやること。

そして、できなくてもそれはそれで完璧な存在だから大丈夫なんだと。

それが少しわかった散歩道でした。

そして、「大丈夫」だと思った次に、思わぬ転機が訪れた。

ほんと、いつもいつもヨガの学びは思わぬところで身を結びます。