ヨガと暮らしのエッセイブログ

気づくと選べるという自由。

気づくと選ぶことができる。

その感情、思考を続けるの?
やめるの?

単純な無意識的な行動でも、ひとつひとつ意識してみると、必ずその行動の基になる考えがある。

それに気づけば、選ぶことができる。

選べるという自由。

自由意志を持っているのが人間。

だから普段自分が思っていること、考えていること、行動を観察することがそのまま瞑想になる。

そんなことを知らずに暮らしていた頃は、例えば、怒りのスイッチが入ればそのままその感情に流されて相手を傷つけていたり。

怒りの感情が湧く、ということは問題ではない。その後、何を選ぶことが大事。

日大のアメフト問題。選手や監督の記者会見をニュースで見て思った。

悪質タックルをした選手は、その行動を起こした後からすぐに気づいて、ずっとやってしまったことを反省していたという。ただ、あと少し前に。ふと止まる余裕があったら。

そんな隙間を与えないくらいに、彼に圧力というタックルをかけていたのは、言い訳ばかりしている大きな人たちなのかもしれない。

「サティヤ」ヨーガスートラの中で教えられる「ヤマ」の中のひとつ。「正直に・誠実に」という意味を最近よく考えさせられます。

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