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2017-09-23

「手放したい」という思いがわいた時。

「これはもういらないな」と素直に手放せる時は、自分の中できちんと価値観の識別ができた時。

どんなに大切にしていたものでも、それ以上の価値のものが見つかった時、より大切にしたいものが見つかった時、はじめてそれは手放せる。

手放したいけど、手放せない…と微妙な気持ちがある時は、自分の中での見極めがまだ足りないとき。

まだそれ以上の価値のものを見いだせていない、それにはまだ価値があると思っているから。

そうだとしたら、それはまだ手放すタイミングではないのかもしれない。まだ執着していてもいいのかもしれない。

これは少し前の写真ですが、大好きなごはんだったのに、より美味しいものを見つけてすっかり食べなくなってしまったもの。見極めてしまった子猫…。


「こんなものはいらないものだ、溜め込んでいてはいけない!」と外からの情報だけを鵜呑みにして、きちんと自分のなかでの価値観の見極めができずに手放してしまったものには、きっとまたいつか同じような執着が起こるんだと思う。

その価値観は人それぞれ。どんなに自分は価値がないと思っても、それを大切にする人はいるし、そもそも価値がないものなんてない。

たとえば、ため込んだ空き箱を捨てたくても捨てられない、という人がいたとする。それは多分、空き箱にまだ価値を見出しているから。空き箱がなくなったあとの空間により大きな価値を見出した人は、多分すっと手放せる。

どちらにより大きな価値を見出しているかの違い。どちらが良い悪いではなく。

手放したいけど手放せないものがあるとき。

それを今手放す必要があるのかどうか、また、自分にとってより大切なことは何なのかを見極める時。

「手放したい」と思いがわくこと自体が、自分のなかで「見極めたい」という願望が始まっているチャンスなのかも。

「手放した」ものごと。

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