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2017-08-07

周りが羨ましく見える時。

まわりがとてもキラキラと輝いてみえるときがある。

私の周りにはヨガのインストラクターが多い。同じ時期に練習していたみんなが、それぞれスタジオを持ったり、インドに修行に行ったり、各地で活躍する姿はとても輝いていて素敵だなと思う。

それを比べるわけではないけれど、私にはできないこと、持っていないことで活躍する姿をみては、素敵だなと思う反面、ちょっと羨ましいなと思う気持ちも出てきたりもする。

今は「妬む」ということはなくなったけれど。これを手放すことができたのは私にとって大きな幸せ

▶︎ 【ヨガ哲学アステーヤ】小さな嫉妬を消して、私にやってきた富とは

だけど多分、私にそう見えている部分は、たった一部。

その影に隠れた、大変なことも、もちろんたくさんあるのだと思う。

そんなことをぼんやりと考えていた時に、とても嬉しい記事に出会った。

▶︎ 見るだけで感化される「シンプルライフ」のお手本にしたい厳選ブログ4つ – はなこの米国ラボ

アメリカ在住のyoginiのはなこさんが書いてくださった記事。私以外のブロガーさんも私も大好きな方ばかり。このちょうどのタイミングでとてもとても励まされました。

ありがとうございます。ブログだって同じ。

人のブログを見ては、すごいなぁ、うまいなぁと感じる。

ただ、ごまんとある様々なブログの中で、私のブログにも来てくれる人がいるということ。

目に見えないし、会えないけど、そういう人がいるということ。人と比べる必要なんかない。
私は私ができることしかできない。

 私はヨガのクラスをする時も、ブログを書く時も、ここから「なにか」感じて伝わっていくものがあればいいなぁと思う。私が「〇〇を伝えたい!」という思いは実はそんなにない。

そんな気持ちでどちらも運営している。

私を通してできること、ひとつのきっかけになればいいな、と、それが私にとってはブログやクラスという場所を使わせてもらってるんだな、と思い出した。そして結局は、いつも私がその場から与えてもらっているのです。

ありがとうございます。

まわりが羨ましく見えた時は、自分がすでに持っているものに気づくときなのかもしれない。すでに持っている。

それは、姿かたちを変えていろんな物事に変化しているから、「羨ましく見えるそのもの」ではないかもしれないし、なかなか気付かなかったり、忘れてしまったりもするのだけれど。みんなはじめから持っている。どうやらそういう風にできている。らしい。