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2017-08-28

夏休みの宿題とブログ術。

今朝ニュースで「メルカリで読書感想文が売買されている」というのを見た。

子供本人が買うのかと思っていたら、どうやら、その宿題を手伝う暇のない親が買うらしい。

「宿題に追われる子供」という夏の風物詩が現代化したのか。

思い返せば、私はこの「読書感想文」や「日記」の宿題がとても好きだった。

高校生ではそれは小論文となり、大学生の頃は講義のレポートや卒論。そして今でもヨガの勉強会などでレポートを書いたりもする。

これらの「宿題」を私はあまり苦に思ったことがなく、むしろ宿題がなくても書いていたし、楽しんでいた。

どれも、わりと好き勝手に書いていたし、どの先生もある程度認めてくれていたから、単純に嬉しくて好きだったというのもあるのだろうけど。

画面上で泳ぐ魚をつかまえる、という宿題中。


ブログ術、なんて書いてしまうとまた怒られそうだけど、「なんでブログ続けられるの?」「毎日書いて大変じゃない?」

という問いにたいしての私の一つの答えは、これなんだなーと。

夏休みの宿題の日記や読書感想文が好きだったから。

何か見たことや体験したこと感じたこと、これが自分の中に一旦入る。そこから、ペンや今ではパソコンのキーボードだけど、それを通して出てくる。

その感覚が小学生のころから好きなんだろうし、私には、そういう作業を通していろんな物事を消化しているところもある。

だから、今でもブログを書くことは好きなことなので、「続けるの大変でしょう」と言われるけれど、そんなに大変だと感じることはないのです。

むしろ今、ブログは「暮らしのレポート」として好きな宿題をやっているような気分でもある。

そして、そのレポートを誰かが読んでいてくれる、というのも続けられるモチベーションです。コメントやメールもいつも嬉しく受け取っています。

学校の宿題は、先生しかみてくれないけど、この広いインターネットの宇宙の中。

どこかのだれかに、何かのタイミングでたまたま記事が引っかかって、万が一、最後まで読んでくれるなんて、それはなんてすごいことなんだろうと思います。

小学生のころはトラウマもあったけど、素敵な宿題ができる、大人になってよかったなーと思う。

もしかすると、夏休みの「読書感想文」や「日記」が幸いしてのこのブログ。逆に、計算したり、物事をもう少し論理的に考える力が欲しいと思う今日この頃。

肝心の算数の宿題は…

先に答えを見てやったりしてましたから、今まさに反省してます。

ブログにまつわることもいろいろと。

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