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2017-03-07

最初に手放したいと気づいた持ち物。

私が、部屋を整理し片付け始めたのはヨガがきっかけだと以前書きました。

▶︎ 【私のミニマリズム】物を減らそうと思った最初の きっかけ

ですが、私が一番最初に「手放したい」と思ったものは、部屋の中やカバンの中にあるものではありませんでした。

そして、実際今も手放せずに持っています。

その持ち物に気づいたのは、初めてのヨガクラス。

何も知らないまま「アシュタンガヨガ」というクラスを受けました。それまで独学でやっていたハタヨガと全然違う…。やっていたポーズも全然できてなかった。

それはもう衝撃的でした。衝撃というか「もう、しんどい…」今でこそ太陽礼拝大好きですが、初めてのころは、これあと何回やるん…ってずっと思ってました。

▶︎ 【ヨガ】シンプルで機能的で美しい、おすすめ太陽礼拝

このヨガは向いてないな、また違う種類のクラスに行ってみよう。そんなことを考えながらレッスンを受けていました。

そして、ようやく終わってシャバーサナの時間。

▶︎ 夏はシャバーサナで体をクールダウン。

はあ…と一息ついて、もうヘトヘト。すると、先生が肩にそっと手を当ててくれたのです。さっきまで、スパルタだと思っていた先生の手が、優しい…。

その時気づきました。肩にめちゃくちゃ力が入っていて、ずっと抜けていないこと。普段の生活の中で「肩の力」という持ち物をフル稼動させていたこと。

ストレスをためていたけど、それに負けないように肩肘を張っていたようにも思える。

それに気づいて、泣けてきました。当時、とても自分を粗末に扱っていたことにも。そして、思いました。「この肩の力はもう手放そう」と。

それに気づいてから、割と執着なく色んな物事を手放せるように。当時の仕事もそうだし、付き合いもそう。まわりにあった余分な物事を手放しながら、ヨガで体もほぐして、少しづつ肩の力も抜けてきたように思います。

▶︎ 【断捨離】今までにやめたこと・捨てたものまとめ

それでもいまでもまだ、肩の力は入ります。呼吸も浅くなるときもあります。でも私にとってはそれを気づかせてくれるのがまたヨガ。

今練習しているヨガのポーズの中でも、いつも立派な肩が出しゃばってくれるおかげで力がガチガチに入ってしまいます。できるだけ肩以外のところをバランスよく使っていきたいのですが…。

暮らしの中では、気づいたたらちょっと緩めて、生活を見直す。その繰り返しで少しづつ習慣化していくものだと思っています。

いきなりすぐには抜けないし手放せない。

そして、「手放したいけど手放せない」というものには、どこかしらそれに依存(言い訳)している自分がいるということにも気づかされます。

肩の力だって、その時はそれで自分自身を守ってくれていたもの。

今も出しゃばる肩の力を見つめて、何を守ろうとしているんだ?と問いかけてます。

「ヨガ」にまるわるお話。