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2016-11-30

純粋で残酷なトラウマ。

ヨガのポーズでどうしても怖いポーズがあります。過去に失敗して顔面強打してしまったことがあり、そこからずっと恐怖がついていて。

それ以来、挑戦せずにずっと封印のような感じで逃げていました。

「やってみて」と先生。

何度かやってみるものの、どうしても怖い。怖くてへっぴり腰になるし、ちょっと泣きそうになってもきました。練習中に。

でも、その顔面強打した時の自分と今の自分は違うはず。体の使い方も心の向き方も変わってきた。

そう思いやってみると…全然完成とは言えませんが、ちょっとできた! 

嬉しい。そうやって一歩ずつなんだな、と思います。

これは顔面強打というトラウマの話。

写真はヨガ友と練習後にアラビカへ。ヨガ後はいろんな話が素直にしやすい。

トラウマのはなし。

そして、私のトラウマはまだあります。

今でこそ、こんな風にブログを書き公開している私ですが、自分の思うことを文章に書いて誰かに読んでもらうということがずっと怖かったのです。書籍「ヨガとシンプルライフ」のあとがきにちょっと書いたことはこのことですね。

大学生の頃は、フリーペーパーのライターなどをやっていましたが、そこでは自分の感情などはほとんど出さずにすむような「記事」というものを書いていたので、親や友人にも「やっている」と公開していたのですが、このブログの存在は最初、誰にも言わずに始めました。

できれば、知っている人には誰にも知られずに書いていたいと思っていました。私が一番怖かったのが身内や友人にバレることと昔のこと。

純粋で残酷な小学生。

幼いころから本を読んだり書いたりすることが好きだった私は、小学生のころが一番創作が好きでした。いろんなお話を作って書いていた。絵もつけて童話も書いたり。

ただ、小学生のころというのは、いろんなことが純粋で残酷でもある時期。

学校のなかで、いじめ、暴力的なことが酷かったのも小学生の頃。(生徒だけでなく、先生も生徒にいじめられていた。荒れてましたね)

文章を書いていたことをある日、バカにされからかわれるということがありました。取り上げられバカにされるように朗読された、みたいな。こういうことってよくありますよね(?)

いじめが自分と近いところにあるここで、こういうことを続けていては、いつか私がその対象になるのかも、ととっさに思ったのです。

文章を書いたり物語を作ったりすることは、真面目でダサいことだ、と。

そうしてびっくりするほどあっさりと、創作することをやめてしまった。こわくて、逃げてしまったんですね。それ以上できなかった。

先日書いたブログをやめようかと思っていたことも、結局はここを私の中で消化できていなかったんだと思います。

まだまだずっと幼いころのことに捉われていたんだと気付きました。

リラックスできる場所

あの後、たくさん励ます言葉が届きました。私の書いたことがどこかのだれかに届いていて、それで癒されたり、ほっとしたりする人がいたんだということを知りました。

そうだった、そういう場所を作りたい、と思っていたんだった。

ヨガにしてもブログにしても。一息ついてリラックスできるような。私もそういう場所が好き。多分自分がいちばんそうしていたいから。

肩の力を抜いて、「ちょっと息抜きできるような読み物ありますよ」という場所にしておきたい。

そんな読み物がかけたらな、と思っています。

カフェにお茶を飲みにいくような感じだったり、ちょっとヨガスタジオいって体ほぐしてこようかな、みたいな感じで、そんな感覚でこのブログに遊びに来てもらえたら嬉しい。

そして、こうやってブログを書いて、自分以外の誰かにこの文章が読んでもらえるように公開するということは、好きなことを封じてしまった昔の自分と少しずつ折り合いをつけている最中なのだとも思います。

あの時の自分にも「ごめん」と謝りたい。そして、今は好きなことやってるよ、新しい好きなことも見つけたよ、と教えてあげたい。

そんな感じですが、改めて、どうぞよろしくお願いします。

関連するかも?というお話。

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